概要
ビームエキスパンダ(Beam Expander)は、レーザー光のビーム径を拡大するための光学素子です。主にレーザー加工や干渉計測、光通信、分光などで用いられます。
拡大されたビームは、長距離伝送における発散の抑制、微細加工時の集光性能向上、高品質な干渉パターンの生成など、多くの利点を持ちます。ビームエキスパンダは、通常2つ以上のレンズで構成されており、拡大倍率はレンズの焦点距離比で決まります。
特徴
ビームエキスパンダの主な特徴は、レーザー光のビーム径を制御できることです。これにより、以下のような長所があります:
- ビームの発散角を減少させ、遠距離でも高密度なエネルギー保持が可能
- 高NAレンズとの組み合わせで微細な焦点径を実現
- ビームの形状や整合性(コリメーション)を改善可能
短所としては、光学系が大型化しやすいこと、レンズの品質やコートによって損失が発生すること、そして調整がシビアであることなどが挙げられます。また、ズーム式(可変倍率)か固定倍率かで構造が異なります。
原理
ビームエキスパンダの原理は、基本的に望遠鏡と同じ光学設計に基づいています。具体的には、ガリレオ式(凹レンズ+凸レンズ)やケプラー式(凸レンズ+凸レンズ)の構成が一般的です。
ケプラー式の例
2つの凸レンズからなる構成を考えます。前方のレンズを「対物レンズ」(焦点距離 \(f_1\))、後方のレンズを「接眼レンズ」(焦点距離 \(f_2\))とすると、拡大倍率 \(M\) は以下のように表されます:
$$ M = \frac{f_2}{f_1} $$
入射ビームが対物レンズの焦点に収束している場合、接眼レンズを通過することで再び平行光になります。ビームウエスト(ビームの最狭部)を拡大することで、ビームの発散角 \(\theta\) は次のように変化します:
$$ \theta \propto \frac{\lambda}{\pi w_0} $$
ここで、\(\lambda\) は波長、\(w_0\) はビームウエスト半径です。つまり、ウエストを大きくすることで、発散角は小さくなります。
ガウスビーム伝搬との関係
ビームエキスパンダは、ガウスビームの性質を活かして設計されます。ガウスビームの広がりは以下の式で与えられます:
$$ w(z) = w_0 \sqrt{1 + \left( \frac{z \lambda}{\pi w_0^2} \right)^2} $$
ここで、\(w(z)\) は伝搬距離 \(z\) におけるビーム半径、\(w_0\) はビームウエスト、\(\lambda\) は波長です。ビームウエストを拡大することで、長距離伝送においてもビームの拡がりを抑えることができます。
ケプラー式とガリレオ式の違い
ケプラー式は内部に実像を持つため、干渉や焦点での損傷のリスクがありますが、視野が広く倍率が大きくできます。一方、ガリレオ式は実像を持たず、よりコンパクトで高出力レーザーに適しています。設計時には使用波長とビーム品質(M²)も考慮します。
歴史
ビームエキスパンダの概念は、望遠鏡光学から発展しました。20世紀初頭には干渉計や分光計に応用され、レーザーの発明(1960年)以降、ビーム品質改善のために積極的に使用されるようになりました。
特に産業用レーザーの精密加工、高解像度の干渉計、レーザー顕微鏡などでの活用が進み、用途に応じて様々な設計のエキスパンダが開発されてきました。
応用例
ビームエキスパンダは、以下のような多様なレーザー応用に使われています。
- レーザー加工:ビームを拡大後、集光して小さなスポット径を得る
- 干渉計測:広い干渉面を得るためにビームを拡大
- 光通信:ビーム発散を抑え、長距離伝送効率を向上
- リモートセンシング:遠方ターゲットへのビーム照射を高効率化
- レーザー顕微鏡:対物レンズのNAを活かすためにビームサイズを調整
今後の展望
今後のビームエキスパンダは、可変倍率型(ズーム式)やモーター駆動による自動調整、さらには集積フォトニクスとの融合が進むと予想されます。MEMS技術や液晶光学素子を用いた小型・動的制御可能なエキスパンダも注目されています。
また、AIによるビーム整形の最適化や、超短パルス・超高出力レーザー対応の耐熱設計など、次世代レーザーシステムに対応する高性能エキスパンダの開発も期待されています。
まとめ
ビームエキスパンダは、レーザーの性能を最大限に引き出すための重要な光学素子です。ビームの拡大は、発散角の低減や集光性能の向上など、さまざまな利点をもたらし、多様な分野で応用されています。
参考文献
- J. Wilson and J.F.B. Hawkes, “Optoelectronics: An Introduction”, Prentice Hall, 1998
- Saleh, B.E.A. and Teich, M.C., “Fundamentals of Photonics”, Wiley, 2019
- M. Bass et al., “Handbook of Optics Vol. 1”, McGraw-Hill, 2010
- 今井隆, 『レーザー光学の基礎』, 丸善出版, 2014年
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